今度こそSDGs?



2025年、2030年は想像できる未来


2022年以前は、業界構造として危機感のある自動車・アパレル・食品業界がSDGsに取り組んで生き残るヒントを得ようとしていた。コロナ対応で各国の施策がクローズしている中で、調達から廃棄までのプロセスで分業化と効率化が進んでいたことが大きな要因でもあるだろう。


2022年の新年度を迎えるあたりからジョジョに、この様相も変わってきている。土木や金属加工メーカーの取り組み事例が如実に増えていった。といっても、取り組みの質の差は顕著に見える。

環境と社会貢献の課題ととらえている企業と、自社の新しい未来を表現している企業とに分かれる。大企業であれば、ESG(環境、社会、統制)にかかる会計基準を設定し、労働や技術と関連した戦略をすぐ描けるだろう。しかし、地域資源や地理的特徴を活用した仕事をもつ企業の場合、総花的にとりくむ余裕はない。

2030年がゴールとされるSDGsよりもISOや健康経営などの認証制度で受注量を増やしたいだろう。


お客様の要求に応えるスピードと準備とノウハウはぴか一かもしれない。でも、培ってきた関係のはしごは、はたして、子どもの代でもかかっているのだろうか?未来は、一足飛びにはやってこない。

2025年は3年後の未来である。2030年は8年後であり10年以内の未来である。


それを想像して、その想像に備える計画をすることは、無駄なことだろうか?



SDGsは何番を考える?


大企業しか関係ないと思い込んでしまうのも無理もない。2015年に国連サミットで取り上げられている。国連に取り上げられているということは、民間レベルではもっと前からSDGsに近い概念のアクションプランが実施されていた。業界ごとに公害問題やエネルギー問題として規制はあっただろう。

こういった関連で、日本にインパクトがあったのは、1999年石原都知事時代のディーゼル車排ガス規制だろう。黒い粉をふって、東京の空をきれいしようというパフォーマンスは都民を一体化させた。SDGsの場合は、異国の少女のパフォーマンスだったからか、日本の庶民には絵空事のように感じたはずだ。


日本では#Metoo運動がインパクトはあったのだが、ここに政治家に女性とわずマイノリティが感じてきた制度の不備をうまくSDGsにつなげることができなかった。政府と経済界およびマスメディアなどの権力が大きなボーイズクラブの遊びにしか見えないことに、日本の政治力への諦めがただよった。コロナの対応で、マイノリティに対する制度の不備があらわになったが、どう改善したらよいかわからないという戸惑いが見える。

この風潮が、SDGsの選択にも影響しているように思える。


現場では、ジェンダーの5番や自然資本に関する13,14,15などが取り組みの理想目標として話し合われるが、最終的な決定からははずされてしまう。「時期尚早」だ。

これが言い訳なのは、だれもが知っている。SDGsは2030年までの期限付きのマイルストーンだ。今始めないのであれば、時期は逸してしまう。



事業再構築は何を中心にするのか?


今年度、経産省は特に中小企業に対しては、事業再構築に力を入れているように感じる。その裏には、事業承継(M&A)を推進し、BCP対策、DXの「がらがら」を行い、スマートシティを「ぽん」する目論見がある。国策として海外から人を呼んでもリピートや滞在率をあげられる体制がなければ、単に物珍しい国に観光公害が起きるだけだ。 たとえば、JRの運行管理のように、国内の受け入れ態勢を柔軟に最適化して、自然と先端技術を平然と融合した不思議な国「JAPAN」を見せつけたいはずだ。


事業再構築は、自社の本質は何で、将来どういう方向性で生き残るのか?を考える必要がある。そのために、必要な行動の結果として新商品や新事業・新連携がある。生き残るために今までなにをしてきたのか?昭和の高度成長期で何が「見えない化」されてしまっているのか?そこから考えることが、事業再構築のポイントだろう。



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